日本で人間関係を諦めたJunが、日本の誇りに目覚めた Vol.2
こんにちは。
「あらゆる分離・分断・格差を溶かし、世界をひとつなぎにして違いを活かし合える地球を福岡から!!」
をコンセプトに活動しているJunです。
前回Vol.1では、日本での人との関係性を切りまくった少年時代や、その後20代はどうなったのか、について伝えました。
Vol.2はイギリスに舞台を移したところからのStoryです。
まだ、Vol.1を読んでいない方の向けて、リンクを載せますね。
【日本で人間関係を諦めたJunが、日本の誇りに目覚めた Vol.1】
https://junogata.hatenablog.com/entry/2019/03/01/173620
【第3章 イギリス留学時代に突きつけられたモノ】
相手が日本人だったからダメだったんだ、外国人となら上手くいくはずだ!!
という期待を持ってイギリス🇬🇧に飛び出した時、Junはすでに26歳でした。
最初は日本での日常とは全く違ったので、人も環境も全て新鮮だったので、なにかと興奮気味に過ごしていました。
しかし、です。
そんなパラダイスな日々もすぐに崩れ去りました💦💦
留学していたCollegeは、基本的に学校内の寮に住んでいる学生がほとんどで、毎日顔を突き合わせます。
毎日同じCollege内で日々同じメンバーと接すると、これまで人間関係を切ることばかりしかして来なかったので、関係を上手く作れないし、コミュニケーションも出来ません。
なので、Junに歩み寄ってくれる一部の学生としか関係を作れないのです・・・
なので、学生たちと一緒にいても、
「孤独・寂しい」
気持ちでいっぱいになるし、居心地の悪さだけを感じます。
そこで講じた対策は大学時代と一緒。
Collegeから自転車で30分ほどの教会に毎週日曜日に通って気持ちを紛らわせたり、当時流行りだったmixiにのめり込んだのです。
事実、mixi通じて直接会った人は10人以上いたし、人生最初の彼女も出来たのもmixiでした。
だからと言って、イギリスでも日本同様にFace to Faceの関係づくりやコミュニケーションは相変わらず上手くいかず、シュタイナー教育の教師になるべくしてイギリスに渡るも、結局担当教官からは「オススメしない!」とバッサリ言われる始末でした。
イギリスでも、
【精神的ウルトラ引きこもり状態】
は変わらなかったので、どこにいっても良好な関係は作れないことを突きつけられたのでした。
そして、失意のまま日本帰国・・・
【第4章 やっぱり残念な30歳前後】
2009年6月に日本に帰国してからは、不服ながらも再びあの鬱陶しい日本人同士の関係の中にいることになり、閉塞感満載な日々を送ることになったのです。
もちろん、生身の人間関係上手くいかないし、コミュニケーションはダメ過ぎるので、なかなか就職も出来ず、社会的に落ちこぼれていく一方でした。
そこで、Junが打って出た手段とは・・・
【キャバクラ】
でした(笑)
キャバクラ嬢なら、僕から積極的にコミュニケーション取らなくても、自動的に歩み寄ってくれます。(もちろん商売だからというのはありますが・・・)
彼女たちがJunの埋められない孤独感や寂しさを忘れさせてくれたのです。
僕自身、歩み寄ってくれる人に対してはトコトンオープンになるので、だからのめり込んだのです😅
2010年9月に名古屋で仕事に就けたあとも、孤独・寂しい気持ちの埋め合わせは、
の3点セットでした(笑)
これは学習塾英語講師の仕事で広島に移った当初も変わらず。
まともな人間関係つくれずコミュニケーションも出来ないJunの果てしない空虚感を、かりそめのモノで埋めようとする、残念な2年間でした。
そんなJunだったけど、人生の大きな転機がついにやって来ました!!
その転機とは一体何なのか?
そして、日本で人間関係をシャットアウトして来たJunがこの後どうなっていったのか!?
続き次回!!