1人帝国主義のJunが、世界共同体主義に目覚めたStory Vol.2
こんにちは。
「世界をひとつなぎにして違いを活かし合える地球を福岡から!!」
をコンセプトに活動しているJunです。
前回のVol.1にて、日本を飛び出すまでの歩みを綴りました。
Vol.2では、続きのイギリス留学時代(26歳〜29歳)から語っていきますね。
Vol.1をまだ読んでいない方は、先に読むことで、Vol.2へと話が繋がっていくので、Vol.1のあとにVol.2を読み進めることをオススメします^_^
ブログリンク
【1帝国主義のJunが、世界共同体主義に目覚めたStory Vol.1】
https://junogata.hatenablog.com/entry/2019/01/25/223242
【第3章 イギリス留学時に出会った現実】
【オレの自由と居場所】を手に入れるべく、2006年9月に日本を飛び出し渡英したJun。
日本のしがらみを払いのけ、解放感に胸を躍らせてのイギリス生活がStart。
最初の頃は何もかもが新鮮でワクワクしていたけど、すぐに現実に直面することになったのです。
2005年に愛知万博で働いていた時に韓国人やタイ人スタッフとも仲良くなり、
「外国人ならイケるかも!?」
という自信は10日程で崩れ去りました💦💦
なんと、
【人とのキョリの取り方、疎通の仕方が全く分からない!!】
のでした。
友達は何人かは出来たのですが、カレッジでは自分の居場所とは感じられず、日曜日には窮屈さから逃れるべく、街の教会⛪️に通う生活を送るようになったのです。
イギリスには、日本以外のシュタイナー学校の教師になる目的があったけど、基本的に自分の強固な殻に閉じこもり、人への興味・関心があまり無く、コミュニケーションも上手く取れず、故に関係づくりもしくじるばかりでした。
しまいには、
【向かないから、先生になることを勧めない】
まで言われる始末。
結局イギリスでも、
【自分の自由にやろうとした結果、日本人・○○人問わず、人との関係がつくれず、居場所も自由も得られなかった】
という結末でした。
そして、何も得られず失意のまま2009年6月末に帰国・・・
その後、再び日本での日々が始まることに。
【第4章 「自由」への道が閉ざされ、屈辱まみれな日々を過ごした30歳前後】
「自由」を求めて日本から逃げるようにイギリスに行ったが、求めたモノが得られず、帰国後は「不自由」で「閉ざされた空間」の中で過ごすことに。
もちろん、就活もことごとく失敗続きで、まともに仕事に就けたのは帰国から1年2ヶ月後の2010年9月でした。
その間は、
「英語を使った仕事なら就きたいが、簡単に就くことが出来ず、それ以外は特にやりたいことが無いし、いっそのこと【セレブニート】になれたら何不自由無く過ごせるのに・・・」
ということを日々思いながら過ごす日々。
だから、
「使っても無くならないくらいのお金だけでも得られれば、何にも縛られない生活を送れるし、そうなりたい」
と願っていても、その手っ取り早い手立ても無く、これも叶わず。
そしてJunの精神はドンドン荒んでいき、
【自分も世の中も全て破滅してしまえ!!】
とすら考えるようになっていったのです。
自分にチカラさえあれば、何とでもなるし、自分の思い通りに全てをコントロール出来るのに・・・
その裏には、
【同じ大学の同級生よりもオレは全然イイ思いもしていないし、社会的な地位もお金も得ていない。もちろん人生30年間、楽しく幸せな思いも周りと比べると圧倒的にしていない。これを取り返すには、一生涯オレにイイ思いだけをさせろ!!】
という、
1人帝国主義マインド
が根深くあったのです。
まさに人生最大の暗黒時代を過ごしたJun、このまま終わるのか?、それとも・・・
【第5章 絶望の真っ暗闇の中に一筋の希望の光が差し込んだ、ある人との出会い】
英語を使った仕事をしたい思いと、高校卒業以降ずっと抱いていた「学校教育に対する復讐心」が合わさり、
【英語を教える仕事をしたい】
というのをどこかで持っていたJun。
2011年3月に念願が叶い、広島市の学習塾で英語講師の仕事に就くことに。
意気揚々としていたけど、根っこがオレ様思考のため、生徒に寄り添うことはありませんでした。
英語の理論を論理的に伝え、効果的な勉強法を教えるも、結局は自分がイイと思ったモノを生徒に押し付けていただけだったのです。
それでは生徒の支持を得ることはありません💦
その一方でやっとの思いで手に入れたモノだったので執着も人一倍強いものでした。
その結果、
【社長や保護者に文句を言われないように、そして仕事をクビにならないように、目先のテストの点数を取らせる】
ことばかりを考える始末。
とりあえず生き延びることさえ出来れば良いという姿勢だったけど、でもどこかで「不自由さ」と「居心地の悪さ」と「違和感」を感じていたのも確かでした。
そんな時に、広島で出会った友人を通して、ある人に2011年9月に出会うことになったのです。
この人はなんと韓国人!!
そして、この人の話す内容が僕にとって無茶苦茶衝撃的すぎましたね。
今までの「権力・財力」による【高さの幸せ・成功】では、コントロールする側とさせる側が分かれるので、勝ち組と負け組が生まれる世界になる。
でも、
【nTech(認識技術)】
を道具に存在中心の時代から認識中心の時代に変化し、最も深い共通土台を誰もが共有出来ることで、誰の尊厳も可能性も踏みにじられることが無い、コントロールする側もされる側も無いので、「誰もが勝ち組」になれる、そんな新しい時代をこの日本から創る、
とこの韓国人は確信持って言い切ったのです。
この時のJunから出てきた考えは、
・誰も勝ち組になれるのが理想なのは言うまでも無い
・しかし本当にこれが日本から出来るのか?
→日本を見限ったことのあるJunからはすれば、あまりにもあり得ない話。
・でも、ここはもしかしたら自らが真に望んでいたモノを手に入れられるかもしれない。
そんな期待を抱いて、Junは【nTech】の世界に踏み入れることになったのでした。
そしてこの出会いが、Junをどう変えていくことになったのか??
続きはVol.3にて公開。